法的に物を考える

判例を読んだり、勉強したことをまとめたりするブログです。内容の正確性は保証されていないことを予めご了承ください。

労働契約法18条に関する整理

労働契約法18条について勉強する機会があったので,まとめました。

 

1 労働契約法18条の効果

労働契約法18条に基づいて有期労働契約が期間の定めのない労働契約に転換した場合,労働条件は,別段の定めがなければ,契約期間を除き,現在の有期労働契約の労働条件と同一の労働条件となります。

なお,「別段の定め」とは,労働協約就業規則,個々の合意を指します。

2 論点

(1)就業規則の適用

期間の定めのない労働契約へ転換した労働者について,従前から存在する就業規則の適用があるかという論点が存在します。

この点,①就業規則が「無期」「有期」と期間に着目して作成されている場合,有期から無期に転換した労働者については「無期」の就業規則が適用されると考えられています。一方,②「正社員」「契約社員」「パート」と期間に着目して作成されているとはいいがたい場合,例え無期に転換したとしても契約社員が正社員の就業規則の適用を受けることはないと考えられています。

したがって,②の場合に契約社員の労働条件を変更したいのであれば,就業規則を新たに整備する必要があると考えられます。

(2)新たに整備した就業規則の有効性判断

期間の定めのない労働契約に転換した労働者のために新たに就業規則を整備した場合において,当該就業規則の内容が当該労働者にとって不利益な労働条件の変更である場合,その有効性を労働契約法のどの条文により判断するかという問題があります。

この点,期間の定めのない労働契約への転換権が生じる前に就業規則を整備した場合には労働契約法7条が適用され*1,転換権行使後に就業規則を整備した場合には同法10条が(類推)適用されると考えられています。そうすると,転換権が生じた後,その行使前に就業規則を整備した場合の適用条文の問題が残りますが,同10条(類推)により判断するというのが適当であると考えられているようです。*2

*1:従前に有期労働契約を締結していた以上,労働条件の不利益変更として考えるべきであり,同法10条を適用すべきとの反対説があります。

*2:本項目について詳しく知りたい方は,菅野労働法,荒木労働法,詳説労働契約法をご参照ください。

不動産が「物」(商法521条)に該当するとした最高裁判決

表題の内容の判決が出ました。*1

 

1 事案

XはYに対し本件土地を賃貸して引き渡した。同賃貸借契約は終了したが,同契約終了前から,YはXに対し,弁済期にある運送委託料債権を取得していた。Xは,Yに対し所有権に基づき本件土地の明け渡しを請求したが,Yは,商法521条により,上記債権を被担保債権とする商事留置権が成立するとして明渡しを拒否した。

2 争点

本件土地は商法521条に定める「物」に該当するか。

3 判示

民法及び商法の文言上,不動産が商法521条に定める「物」に該当しないと解すべき事情は存在しない。

また,商法521条の趣旨は,商人間における信用取引の維持と安全を図る目的で特別の留置権を認めたものであり,不動産を対象とする商人間取引が広く行われている実情からすると,不動産が同条の目的物となりうることは,上記趣旨にかなう。

以上によれば,不動産は,商法521条が商人間の留置権の目的物として定める「物」に当たると解するのが相当である。

4 意義・射程

従前,建築業者の敷地に対する商法521条の適用に関して,積極説と消極説に分かれていました。今回の判例は,不動産が商法521条の「物」にあたると判示していますが,その理由付けは抽象度が高く,ゆえにその射程は広いと考えられます。したがって,最高裁は,上記の争いについて積極説を採ったものと考えます。

もっとも,建物請負業者がその敷地を「占有」(商法521条)しているといえるかは別の問題であり,この点についてはさらなる検討が待たれるところとなります。

*1:最高裁平成29年12月14日第一小法廷判決

伊方原発の運転差止めの仮処分命令

昨日,広島高等裁判所第2部が,「伊方発電所3号機の原子炉を運転してはならない」という仮処分命令を出しました。
以下,仮処分命令とは何か,その要件,及び本件決定要旨等につき,軽く見ていきたいと思います。

1 仮処分命令とは
仮処分命令は「仮」とついていることからも分かるように,暫定的な処分を命じるものであり,「民事訴訟の本案の権利の実現を保全するため」(民事保全法1条)にあるもの,すなわち,裏を返せば後続の民事訴訟による権利の実現を待っていたのでは,救済が間に合わない可能性があると考えられる場合に認められます。

2 仮処分命令の要件
民事保全の命令(保全命令)が出される要件としては,①保全すべき権利又は権利関係及び②保全の必要性を疎明することが挙げられます(民事保全法13条1項)。なお,疎明とは,「証明の程度には至らないが,一応確からしいという程度の蓋然性が認められる状態」*1をいいます。
まず,①保全すべき権利については,当事者間で権利関係について争いがあれば足りることとなります。
次に,②保全の必要性については,仮処分命令の場合,「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためにこれを必要とする」(民事保全法23条2項)ことが求められます。ざっくり言えば,裁判で存否を争っている権利に関して,このまま何もしないで判決を待っていると,とんでもない損害を被ることになるか,不利益を被る危険がそこまで迫っているということです。

3 本件決定要旨*2
(1)保全の必要性
本件の決定要旨によれば,保全の必要性については,「伊方原発は,現在稼働中であるから,差止めの必要性(保全の必要性)も認められる。」とあっさり認めています。
(2)被保全権利
①につき,決定要旨を見ると,まず裁判所は,伊方原発の運転主体である四国電力は,伊方原発の運転により生命身体に対する直接的かつ重大な被害を受ける具体的危険がないことを疎明しなければならず,疎明が十分でない場合には,上記具体的危険が事実上推定される旨述べ,被保全権利の疎明につき実質的に疎明の責任を申立ての相手方に転換しています。
次に,原子力発電所の安全性審査の基準の策定及びその適合性の審査は高度に専門的な総合的判断を要するので,原子力規制委員会が基準に適合していると判断したことにつき不合理な点がないことを疎明することをもって,上記具体的危険が存在しないことの疎明に代えることができると述べています。これは,転換された疎明の責任を,行政の裁量を根拠として緩和しているものと考えられます。
その上で,裁判所は,原子力規制委員会が作成した内規である「火山ガイド」をもとに,火山事象の影響による危険性を検討し,阿蘇カルデラの噴火による危険性を火山ガイドに当てはめると,立地不適となり,設置は認められないことになると判断しています。
さらに,阿蘇カルデラ破局的噴火のような発生頻度が著しく低くしかも国家存亡の危機をもたらすような噴火まで,火山ガイドの文言上設置不許可の事由に含まれるのは社会通念上疑問の余地があると判断しながら,安全審査の基準策定については原子力規制委員会の専門的知見が尊重される以上,上記社会通念との乖離を理由に限定解釈をして判断基準の枠組みを変更することは許されない旨述べ,結局,原子力規制委員会の判断は不合理であると結論づけています。
(3)まとめ
本件の興味深いポイントをまとめると,①専門家が不合理な判断をしたという認定事実から権利に対する危険の存在を事実上推定するという手法及び②原子力規制委員会の広範な裁量を根拠に同委員会が策定した審査基準を限定解釈しなかったことにあると考えます。

4 私見
原発設置の是非はさておき,本件の判断には若干の疑問があります。正しい専門的判断が社会通念から乖離するということは確かにありえることで,非専門家である司法がその是非に対する判断に謙抑的な態度を示すというのは理解できますが,それにしても,本件における審査基準の限定解釈は,本当にその専門性ゆえに許されないものだったのでしょうか。私が読んだ限りでは,本件判断の論証はやや無理筋という印象を受けました。いずれにせよ,行政の裁量と司法の判断領域の峻別の難しさを改めて感じます。

5 補論
なお,本件は,行政事件であるにもかかわらず,行政事件訴訟法44条により仮処分が排除されないのかという点が問題となります。この点について,同条は「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」について民事保全法上の仮処分を排除する旨規定しています。したがって,「抗告訴訟」すなわち「行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟」(行政事件訴訟法3条)については仮処分ができません。もっとも,本件は,人格権に基づく妨害予防請求権を訴訟物として原発の差止め訴訟を提起しており*3,その性質は民事訴訟であると考えられます。したがって,仮処分命令は排除されないということになります。